Aqua de Désert

“優秀”な新人ほど使えない! 「就活」祭りの後の現実
面接を「過信」する企業が新型うつを助長する

河合 薫


 厳しい就職戦線を戦い抜いてきた新入社員が研修期間を終えて、それぞれの配属先の部署にやってきた。入社したての時は元気だった彼らが、3カ月の研修の後にはなぜか元気を失っている。そんなことが気になったのは昨年のこと(関連記事:“裸”になれない上司は、いらない?)。

 「今年の新人たちはどうしているのか?」と思いきや、どうにもよく分からない表現を、これまた6月に昇進したばかりの“新人部長”から聞いたのだった。

 「新しい働き方が出てきたよ!」
 「え? 新しい働き方って、仕事は二の次で、プライベートを充実させる働き方?」
 「違う、違う。そんなの今じゃ、当たり前」
 「じゃあ、どんな新しい働き方なの? またまた新種が登場したってことなわけ?」
 「そうだよ。信じられない新種だよ。は・た・ら・か・な・い、って働き方!」
 「????」

 このやり取りは先日、大学時代の友人と久しぶりに会った時のもの。今春、部長になった彼の下に配属された3人の新入社員のうち、1人が4日で会社を辞めた。他の部署でも、1人の新入社員が1週間で会社に来なくなった。

 他にも、遅刻はするわ、提出書類は出さないわ、やるべき仕事を平気で放棄するわで、既に“問題児”呼ばわりされている新入社員もいて、上司たちは頭を抱えているのだという。

 そんな(上司たちから見れば)“期待はずれ”の新人たちは、いずれも実家から通っていて、連絡を取ろうとすると母親が出る。

 「彼らは辞めても生活もできるし、母親が代弁者になるし、ちっとも困らない」。そんな状況を、友人は「働かない働き方」と表現したのだった。


従来のうつ病とは異なる症状を示す今どきの若手社員

 そう言えば以前、「自分のやりたいことができないから」と3カ月で会社を辞め、「とりあえず大学院でも受けようかなぁ」と話す若者と出会ったことがあった。友人の言葉を借りれば、彼も「働かない働き方」を選択したことになるのかもしれない。

 かつては入社3年未満で辞める新入社員は全体の3割とされていたが、2009年度の厚生労働省の調査結果では36.5%と、4割近くまで上昇傾向にある。

 また、「厳しい就職戦線を戦い抜いて採用に至った、優秀な(と思われていた)人材ほど、育たない、モチベーションが低い、会社に来なくなる」とぼやく人事担当者も少なくない。

 精神科医によると、ヤル気を失って「会社に行きたくない」と言って診察を受けに来る若い世代には、今までのうつには当てはまらない症状を呈する人が多いという。そこで便宜的に「新型うつ」、「現代型うつ」と名づけて、従来のうつと分けている精神科医もいるそうだ。

 これまで報告されているうつ傾向の人は、自責感や罪悪感が強く、何に対しても気力がわかず、興味や関心が低下するといった症状が見られた。「新型うつ」は、思い通りにならないことを会社や上司のせいにする傾向が強く、仕事の時だけうつになったり、休職中なのに趣味の活動には活発に参加したり、時には、ツイッターやブログで毎日の出来事やサッカー観戦記を楽しげにアップするそうだ。

 厳しい就職戦線を勝ち抜いたにもかかわらず、あっという間に辞めてしまったり、ヤル気を失う新入社員が多いのはなぜか?

 やっと研修が終わり、「これから……」というところで、会社をボイコットしてしまうのはなぜか?

 「優秀な新人」と会社や上司から期待を受けながら、遅刻を繰り返したり、仕事を覚えようとしないのは?

 「ひょっとして、就職の採用方法に問題があるのかも?」。こう思ったりもする。

 「企業に内定をもらう」ことが、学生のゴールと言っても過言でもない現実。内定をいち早く、たくさんもらった学生は「勝ち組」と呼ばれ、なかなかもらえない学生が「負け組」と評される昨今──。

 確かに、就職試験は大切なことで、内定をもらえない限り、大学の“先”に進めないという現実がある。

 だが、一括採用という、終身雇用とセットだった採用方法がいまだ一般的であることに加え、人物重視とばかりに面接を過剰なまでに重要視する採用方法にも、新入社員を“潰す”何かが、潜んでいる気がしてならない。

 そこで、今回は、「採用」について、考えてみようと思う。


面接を重ねて“人物”を見極めたはずなのに…

 「よくよく考えてみると配属初日から『おや?』って感じで、何と言うか何を教えても覚えが悪いし、時間に遅れることも多かった。でも、そんなの面接で、誰か気づいただろうと思って調べてみると、問題になっている3人とも、5回ある採用面接で、すべてA評価。うちの会社も厳選採用を徹底するために、面接に力を入れて、人物重視の優秀な人材を採用しているはずなんだけど、誰1人として、彼らの“正体”を見抜くことができなかったってことなんだろうね」

 「配属になった部署がイヤで、グレた可能性はある。でも、それで会社辞めちゃったり、会社に来なくなるのって、どうなんだろう。せっかく厳しい採用試験を乗り越えてきているわけだし、僕だったら、もったいなくてそんなにすぐには辞められない。これって、新しい働き方としか思えないんだよね~」

 人が人を評価するのは難しい──。採用を担当した経験がある人なら、誰もがそう感じたことはあるだろうし、「本当に自分の評価で、間違っていなかっただろうか」と心配になったこともあるだろう。

 だからこそ、採用する側も、「面接を繰り返し行って、何人もの面接官で評価すれば、人物像は見抜けるはず」とばかりに、従来の個人面接だけでなく、応募者がそれぞれ順番に答える集団面接、テーマを設定して自由に議論するグル―プ・ディスカッションといった具合に、それなりの対策を講じている。

 特に厳選採用を徹底している企業ほど、段階を踏んだ面接を行い、それぞれ“何”を見極めるかを詳細に分類しているはずである。

 友人の勤める会社もそうだった。エントリーシートで1000人に絞り、その後5回の面接で、15人まで絞り込んだ。ところが、そのすべての面接で、A評価を受けた人材が、現場に配属になった途端、萎えてしまったのだ。

 A評価を得た新人に見事に裏切られたショックから立ち直るには、「働かない働き方」という言葉を用いない限り、どうにも納得できなかったのだろう。

 実際、企業は採用する学生の人物を重視するという理由から、採用活動における面接の比重を高めてきた。

 経済同友会が行った「採用と教育に関するアンケート(2010年調査版)」では、222社中202社が、「面接の結果」を1位に上げている。大学のキャリア教育においても就職活動の面接対策は最重要課題に位置づけられ、書店に行けば、「これでもか!」というくらい、面接のハウツー本が並んでいる。

 時代は、まさしく面接の時代、だ。


イタチごっこを繰り返す企業と学生の不毛

 中でもグループ・ディスカッションが重用されている。1人ひとりのコミュニケーション能力や協調性、リーダーシップ、知識量などをまとめて多面的に評価できる、と“考えられている”ことに加えて、複数の学生を同時に比較することができるからだ。

 だが、しょせんはイタチごっこ。

 企業がグループ・ディスカッションで、何を見ているのかが分かれば、学生の側だってそれ相応の対策を講じてくる。

 現に大学によっては、キャリア教育と称して「グループ・ディスカッション対策講座」なるものを実施しているところも珍しくない。学生たちもNPO(非営利組織)やら、サークルやら、バイトやら、就活のネタになるありとあらゆる活動に精力を注いでいる。

 私が学生の時には、「うわぁ~、5限までヒマ~。あと5時間、おうどん食べて、アイス食べて、漫画読んでも、ヒマだ~」などと、ヒマを完全に謳歌していたが、今の学生にヒマはない。

 優秀な学生ほど積極的にさまざまな活動に参加し、ビジネスマン顔負けの忙しい日々を送っているのだ。

 バイトやサークル、NPOだけでなく、就職のための専門学校に通ったり、面接対策のための家庭教師を雇う学生もいる。最近は、入社式に保護者席なるものを設けるのが当たり前、というだけあって、親の方が積極的であるケースも少なくない。

 いずれにしても、論理に基づいて設けられた仕組みは、論理で打破できる。

 「コミュニケーション能力、協調性、問題解決能力の高い人物を見極めるためには、どうしたらいいか?」と散々考えた結果、グループ・ディスカッションがいいだろう、という結論に至ったとしたら、

 「コミュニケーション能力、協調性、問題解決能力の高い人物と評価するためには、どうしたらいいか?」というスキルを、さまざまな角度から論理的に分析し、試験にパスするためのスキルを向上させるための、ハウツーを論理的に構築すればいい。

 しょせんは人間が考えることなのだから、プロの手を借りればどうにでもなる。いわゆる、「面接の達人」を生み出す土壌が整えられていくのだ。

 おまけに、世の中には相手が何を聞き出そうとしているか、相手が何を自分に望んでいるのかを、うまく察知し、求められている“自分”をうまく演じる力の高い人がいる。


求められる“人物”を演じる人にだまされる恐れも

 例えば、私も調査研究などを行う際に、「半構造化面接」という、あらかじめ定められた枠組みを守りながらも、面接の細部に関しては柔軟な対応をする手法を用いて、インタビューを行うことがある。これがなかなか難しい。

 「きっとこういうふうに答えた方が、喜ぶはずだ」。察知する能力の高い人は、こちらの質問に合わせてうまく答える傾向が強い。『自分』を見せるのではなく、そこで求められている人物を演じるのだ。完璧に自分のストーリーを組み立てる。結果、本当に見極めたい部分が曖昧になり、言葉は悪いがだまされてしまうこともある。

 面接は相手のことが分かる最良の手段であるとともに、演技を真実と受け取ってしまいかねないリスクもはらむ手法なのだ。

 なので、より調査の精度を高めるためには、何回か対象を変えて面接を行い、質問紙を作り、大勢の人に回答してもらう量的調査を行う方法を取るのである。

 だからといって、面接に意味がないと言っているわけではない。 エントリーシートでは見えない部分を、直接話すことで把握できる可能性は高い。

 ただ、グループ・ディスカッションさえやれば、コミュニケーション能力、協調性、問題解決能力の高い人物を見極められるとは限らないという可能性も(なんだかややこしい言い回しだな)、頭のどこかに入れておかなくてはいけないのだ。

 だいたい、長年、付き合っている相手だって、本当の人物像などよく分からないわけで。相手の人となりを知るのは、意外とちょっとした無駄話だったり、会社の外で偶然会った時だったりする。

 それに、へなちょこに見えた人ほど、一大事にはしぶといことだってある。

 つまり、「人物本位を徹底するために、面接を重視します!」というと、もっともらしく聞こえるけれど、人物を見極める作業ほど、難しいことはないのである。

 加えて最近は、「やりたいこと」を語ることができるかどうかで、「いい人材かどうか」を見極めることも多い。

 どんな仕事であれ、仕事の9割は好むと好まざるとに関係なく、やらなければならない仕事の繰り返しである。自分のやりたい仕事というものは、何年もキャリアを重ねた結果、やっとたどり着けるもの。

 入社して早々、やりたいことができる会社なんて滅多にないことを“オトナ”たちは経験から知っているはずだ。なのに、誰もそのことを学生たちに教えることなく、「やりたいこと」を見極めろと自己分析を徹底させる。

 当然ながら学生たちは、「やりたいことをやらせてもらえる」と錯覚を起こす。内定をたくさんもらい自信を高めた“優秀”な学生ほど、その“錯覚度”は高いかもしれない。

 そんな自分の思い込みと折り合いをつけるためには、「やりたいことをさせてくれない会社が悪い」、「自分の能力を発揮させる場を与えない上司が悪い」と、他人や環境のせいにしたり、会社をボイコットしたり、辞めてしまったりするしかないのだ。

 誰だって、自分を守りたいから。さんざん自己分析をやらされて、さんざん“勝ち組”だと持ち上げられて、さんざん「キミたちは、人物本位で採用された、優秀な人材です」と評価されたのだから。

 完全なる悪循環。

 「今の若いヤツらは、自信満々で、本当に扱いにくい」
 「自分のことは棚に上げて、周りのせいばかりにする」

 こう批判する前に、自分たちが彼らを生み出している可能性も、考えてなくてはいけないように思う。少なくとも、私には彼らを正面から責め立てる自信はない。だって、もし自分がいま学生だったら、彼らのようになっているかもしれない、と思うからだ。

 とにもかくにも、A評価だった新卒社会人がすぐに辞めてしまったり、優秀な人材だと期待した新人ほど、新型ウツに陥るという事実が存在するのであれば、採用の仕方を根本的に見直す必要があるのではないか。

 本当に自分たちが求めている人材は、どういう人材なのか?
 自分たちの企業で求められる優秀な人材とは、どういう人物なのか?

 そういった人物を見つけるには、どうしたらいいのか?

 単に、コミュニケーション能力、協調性、問題解決能力といった、思考を停止させる言葉を多用する前に、原点に戻って考えない限り、本当に企業が求めている人物と出会うことなどない、と思うのだ。

 それに、企業にとっても、新卒社会人にとっても、大切なことは、組織に適応することである。同僚や上司と良好な人間関係を築く力、組織の一員として、自らに課せられた仕事を遂行する力、遭遇した問題を、組織文化、組織風土、組織の規範に基づきながらも、解決していく力。

 組織への適応、すなわち、「組織社会化(organizational socialization)」は、入社前から始まり、最低でも3年、長い場合は10年近くかかることもある。組織社会化に成功した個人は、その後は順調なキャリアを重ねることができる。


組織の中で順調なキャリアをもたらす「組織社会化」

 つまり、採用する過程は、自分たちの組織に適応できる人物かどうか、相性の良い相手かどうかを見極める重要な機会。学生にとっても、自己をアピールする機会ではなく、相手(企業)と自分の相性を見極める重要な機会だ。

 数年前に取材した企業では、半年間にわたって合計8回、新人を最初に配属させる部署のメンバーとのグループ・ディスカッションに参加させ、その中で採用したい人物を決める、という手法を取っていた。

 テーマも、仕事に関すること。そして、8回の面接すべてが終わって時点で、「うちの会社でほしい」と思う学生に絞り、その学生だけを役員面接に送り込む、という段取りだった。

 ここまで聞くと、「それって、今の採用方法と変わらないじゃん」と思うかもしれない。

 だが、この手法は、学生にとっては全く違う影響を与えるのだ。

 「入社する段階で、既に自分のことを知っていてくれて、しかも認めてくれた先輩や上司がいるというのは、本当に心強い。仕事では分からないことだらけだと思うし、どんな仕事が自分にできるかどうか自信はないけど、あの先輩や上司たちの中であれば、踏ん張って良い仕事をしたい」。採用になった学生たちは、こう語っていた。

 相手を知るには、少なくともしばらくは付き合わなくてはならない。それは、企業にとっても、学生にとっても同じことだと思うのだ。

 そんな時間的な余裕を、気持ちの余裕を、学生も企業も持つことができるのだろうか。 そっか~。余裕のなさ、こそが、現代の問題の根底にあるのかもしれませんね。

“優秀”な新人ほど使えない! 「就活」祭りの後の現実:日経ビジネスオンライン
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