Aqua de Désert

ご相談

 社内に好きな相手がいますが、なかなかうまく運べません。相手の気持ちもわかりません。社内恋愛の手ほどきを…。(20代男性)

 遙から

 社内恋愛は難しい。難しいどころか恋愛の“れ”の字に行くまえに撃沈した例を紹介したい。久しぶりに仕事で一緒になった旧知の友と「今度一度、食事でも」という話があった。私も「喜んで」とその機会を無理なく待っていた。

 大人の場合、この、“無理なく”というところがミソで、「食事」となるなり「いつ?」「じゃ、その次は?」とはならない。決して無理をしないのだ。あくまで私流だが。

 そうしているうちに無理のない機会がやって来た。

 「じゃあ明日仕事終わりに。詳細は会ってから」と前日メールを打ち合った。

 ここまではよかった。ここから、その男性は私流でいう「大人の社内恋愛」というベクトルに向かってたくさんの地雷を踏んだ。

 あくまでこれは女性視点でだが、最初は友達、から、恋愛、に移行するまでには男性側がやってはならないいくつかのことがある。

 それを自分のフィールドワークから披露したい。

 ここで押さえておきたいポイントとしての互いの感情。私の感情はあくまで“友達”でそれ以上のものはない。あるのは“好意”だけだ。男性は私に対し“好意”はある。それ以外の感情は未知だ。

 仕事の合間、店を選ぶ役目の私は男性に確認した。帰宅後、または、翌朝の仕事の有無を含めた状況により選ぶ店が変わる。これは店を選ぶ側の配慮としてある。

 翌朝が早ければ1件のみ、ゆっくり食事と話をできる店。帰宅後残業があるようだったら自宅からそう遠くない場所で選んであげる。つまり、神戸に帰って仕事が待っているのに京都で食事しない、ということだ。また、翌日仕事がオフなら食事&バーくらいの2軒は最低考えておく…というふうに。

 「食事後の仕事の状況教えてくれる?」と私は仕事場で聞いた。

 すると「それはまた後で」とお茶を濁された。

 あ、仕事場でメシ会の話をしてくれるな、ということね、と私は解した。そして、どこの店も予約もしないまま仕事が終わり、夜を迎えた。

 「店の場所をメールで教えてくれたらそこに行くから」とメールが男性から来た。

 っていうか、同じ仕事を同時刻に終えたのだから、ここから一緒に店に行けば面倒ないのに、と不可思議にそのメールを読んだ。スタッフに聞くと「もう男性はとっくに現場を出ました」とのこと。

 「???」

 いぶかしい思いを抱えて、メールではラチがあかず電話で喋ることにする。

 なぜ、食事会ごときでこれほど連絡一本不自由なのか、もうここで私のセンサーは黄信号になっている。

 「実は僕、今日、車で来ていて、その店に直接行くから」という電話での返事だった。

 ならば、駐車場のある店にせねばならない。

 しかし今日が食事会だと分かっていて、なぜ車で来るのか? 私は食事会だから車は家に置いてきたというのに。

 それなら、と、仕事場に近く、誰もが迷わない駐車場のある店をメールで指示して、私は先にレストランに行き、男性を待った。

 ところがなかなか来ない。なぜ同時刻に同じ職場で仕事を終え、レストランでこれほど待つことになるのか、私の苛立ちセンサーはふつふつと上昇した。

 「お待たせ」と男性は来た。

 不機嫌センサーはいったん抑え、にこやかに食事を始めた。途中からスタッフも呼び、皆でワイワイとにぎわった。私の行きつけの店なので支払いは私がした。

 翌日の仕事はオフだというので2軒目をいくことにした。男性は2軒目は支払った。その時、スタッフが叫んだ。

 「アメックスのブラックカードだ!」

 男性はこともなげに「そう。何枚も持っている」とテーブルにブラックカードを並べて見せた。

 酒も入ったスタッフたちはその夢のカードできゃっきゃと盛り上がった。

 男性はやにわに言った。

 「僕が車でお送りします」

 私は何度もそれを断り、タクシーで帰ると言ったが男性も譲らない。その頑なさに私も送ってもらうことにした。自宅はタクシーでワンメーターほどの距離だった。私としてはタクシーでも、送ってもらっても、どっちでもどうでもいい距離だった。

 そのことでいつまでもヤイノヤイノやるほうが煩わしく、どっちでもいい、と送ってもらうことにし、スタッフとも解散した。

 それからだ。

 私の苛立ちセンサーは沸点に到達する。

 いったいどれほど歩けば車にたどり着くのかというほど、歩くはめになった。

 男性も察知したらしく「こんなに歩かせるのだったら、送らないほうがよかったね」と申し訳なさそうに言う。

 「だったら送るな!ボケ!」という言葉を私は飲み込む。

 ハイヒールを履いた女性にとって、仕事帰りのバッグを持って歩くほど苦痛はない。

 男性は女性の洋装を見て判断せねばならない。基本中の基本。ヒールの女性は歩かせてはならない。そこに気づかない男性は多すぎる。

 「車で送る」とか「車で迎えにいく」と言って、実際、遠い駐車場にヒーヒー歩かせる男性は多い。

 駐車場が遠く、女性がハイヒールなら、最低荷物は持ってあげる、どうしても何かしてあげたければタクシーに乗せ、タクシー代を払ってあげる。

 ただただ歩かせ、「大丈夫?」と聞く。

 「お前は中学生か!」という言葉を飲み込み、「大丈夫」と笑顔で答える。

 女性はまだ付き合いが浅い男性には、苛立ちセンサーマックスなほどそれを噛み殺せる生き物なのだ。しかし、想像力欠如男性には、皮肉なことにその“笑顔”しか届かない。

 笑顔を作る表情筋の微妙な引きつりに気づかず、また、荷物を持ってやる配慮もない。

 歩きながら考える。

 あれほど私をレストランで待たせた理由はこれか、と。

 この遠い距離をまずは本人が歩いて店に来たのだから、「送る」と言った後にどれほどの距離が待ち受けているか本人がわかっている。にもかかわらず「送る」を頑として譲らなかったこの無神経さに私は疲労を超えて震えがきた。

 ようやく車に到着し、彼がした行為が私の苛立ちに拍車をかけた。

 「どうぞ」

 男性は助手席のドアを私のために開けた。紳士が淑女によくやってみせる、アレ、だ。

 「そんなこと、どーでもええんじゃっ!!」という言葉をまた飲み込み、有難う、と座った。

 私の中では、食事をした後悔が苦々しく胃のあたりから込み上げてくる。

 その後、男性のとった不可思議とも映る行為の全貌が解明される出来事が待ち受けていた。

 5分ほどの距離を送ってもらった直後、降りようとする私の頬に男性はキスをしようとした。

 私は全身に戦慄が走った。

 その男性が嫌いだったからではない。

 ここまでのディスコミュニケーションのおぞましさを痛感したのだ。酒の勢いではなく、シラフでキスしようとした行為から過去を紐解くとすべてが解ける。こそこそ会おうとしたことも、突然車で出社したことも、頑として送ると言って譲らなかったことも、私の妄想だが、最初からこの行為が想定内だった可能性がある。ならば、男性は私に好意以上の感情があった可能性もある。

 ならば、・・・・もっとサイテーだ。

 恋愛の射程にいる相手の女性を、最初の一歩の食事会から苛立たせ続け、女性のシグナルを無視し続けると、女性が男性にあったはずの好意でさえ雲散霧消する。

 そんな女心に微塵も気づかず、男性のみがキスまで盛り上がる。

 私が男性なら舌噛んで死にたい屈辱だ。

 「もうこれくらいにしとこ」と私は車を降り、「またね」と何事もなかったかのようなメールを送り、The ENDにする。

 キスしたいオンナなら、まず、テメエが奢れ。車で送りたいなら車を店の前までテメエが運んでこい。オンナを待たせるな。オンナを歩かせるな。

 しかし、これが友人なら、なんでもOKだ。ただの“ちょっと鈍い人”を超える何ものでもない愛すべき友だ。

 社内恋愛をしたい男性諸氏。

 女性はまず、最初の頃はいっさいの本音を隠し、笑顔の場合が少なくない。

 いかに本音を見抜けるか、に、かかっている。

 それが面倒なら、ずっと他愛のない友達でいることだ。

ハイヒールの女を歩かせるな:日経ビジネスオンライン

人間というのは、逃げ場がないとストレスで鬱病になるように設計されており、鬱病が進行すると脳の形状が変化し機能も変化し前向きに考え
る機能を奪われ、ともすれば自殺したくなるように設計されている。あまり知られていないと思うが、これは本人の問題ではなくて誰でも例外なくそうなのだ。
人間として弱すぎるなどという人は、人間の精神が強いという勘違いは捨て、周りの環境に恵まれているだけだと気づいたほうがいい。

鬱病による自殺が減りますように。 (長文) - 愛の日記 @ ボストン (via nagas)
2010-09-15 (via gkojay)

(Source: hepton-rk)

Via stand alone complex

「貶め方」っていうのは、まさにその人の価値観が出るなあ。性的に劣った存在であることがマイナスだと思えばそういう侮蔑の仕方をするし、また、社会経験を積むことに価値を見出す人は「世間しらず」「いい年で幼い行動」などと言って人を非難する。侮蔑こそ己を晒す行為なんだな

Twitter / @kuriryu (via rpm99)

真の侮蔑のプロは、自分の価値観ではなく相手の価値観に沿って相手に一番ダメージを与える侮蔑法を選ぶそうな。つまり、真に相手を侮蔑するには、相手の価値観を(共感しないまでも)理解することが必要になる。

(via raurublock)

ほう…時間出来たら思い返してみよ

Via Raurublock on Tumblr

52 :(‘∀`):09/08/22 18:31 ID:?

男にとっては女は出会った瞬間から異性(恋愛対象)かもしれないけど
女にとっては、最初は人間(性別男)くらいの意識しかない
カッコイイなあと思っても、それはあくまで単にカッコイイ男性という認識であって
異性として素敵、という認識に変わるのは時間とかなにかきっかけが必要かも

63 :(‘∀`):09/08/22 21:18 ID:?

»52
正にこれ

知り合って間もないのにアピールしてくる男の人いるけど正直意味分からん
「彼氏いないよ~なかなか出会いもないし」
「じゃあ立候補してもいい!?」
とか、気に入ってるお店とかの話しててもやたら「今度一緒に行こう!」って挟む人

こっちは世間話してるのに自分を売り込む発言してきて会話にならん
最初は男友達と居るつもりぐらいの気持ちで接して欲しい

ゲイやパートナー持ちがモテるのは普通に会話してくれるからだと思う
この人話しやすい、仲良くなりたいっておもった人って大体彼女居るんよね
デートする前に一発抜くってのは本当に正しいと思うよ
鯛男の場合は5回抜くくらいが丁度いいんじゃないか?

女が男を好きになる過程 | ライフハックちゃんねる弐式 (via raitu) (via oosawatechnica) (via petapeta) (via alstersee)

(via:etecoo) (via rock-the-baby) (via kyohei28)

(via kyohei1989) (via usaginobike)
Via stand alone complex

機能不全家庭に育った私からすると、今の日本は構造が機能不全家庭そっくりだよ。そういう家庭に育った子供は親に主張しない。言っても無駄だって思ってるから。機能不全社会日本。

はてなブックマーク - yuhka-unoのブックマーク - 2011年10月18日

正直、最初の2年くらいは、本当に苦しくて、薬を飲むと、鋭い“死にたい”“辛い”というのはなくなるんですが、かわりに、その同じ質量分の、漫然とした“死にたい辛い苦しい”というようなのが続いて、本当に辛い。全くの主観的な感じ方なんですが、“死にたい”“辛い”というような感情というのは“湧いてくる”ものじゃないんですね。そういう状態が、人間の心のベースの状態で、でも“生きたい!”とか“楽しい!”とかそういう感情が“湧いて”でて、そしてそれが辛いのを誤魔化して、だから生きてるって感じがします。鬱状態というのは、そのそもそものエネルギーが無くなる感じで、だから、もう、なんかどうしようもない。本当にどうしようもなかった。

ベストセラー作家だけどハックルベリー(id:aureliano)さんの質問にこたえるよ! - orangestarの日記

欝の人がどういう風に死にたいと感じてるのかがうまく言葉になってるなあ


まず、生け花を評価するときには、絵やその他の創作物と同様に、上手い下手の他に好みという主観が入るのは避けられない。その分野に詳しい人であれば、技術や歴史の中での位置付けなどで評価する部分が多くなるけれど、そうでなければ、そうしたコンテクストを取り払って、好きか嫌いかが重要な要素を占めるのは当然だ。


次に、生け花は自己表現の手段となることがあるが、この場合は製品発表会に飾る花だから、その空間や目的に応じた作品を作るべきだ。

ジョブズは、シンプルなプレゼンを好む人で、しかもプレゼンにあたっては入念な準備をする人だから、自分よりも目立つようなものがステージ上にあることを嫌ったのではないかと思う。

スティーブ・ジョブズが、生け花を「犬の糞」といった理由 - 月明飛錫

「自分は嫌いな人って一人もいないんです。人間は全員大好き。だって、人は誰もがすばらしい存在ですから」という人がいたので「なんだかそれって、自然な感情っていうより、意志ですね」とつい正直な感想を伝えたら、フォローをはずされてしまった。嫌ってるじゃんかー(笑)

Twitter / @masumi_asano: 「自分は嫌いな人って一人もいないんです。人間は全員大 …

はっはっは。
でも、日本人はその場その場の場当たり的な(それを日本人は「自然な」と形容するけど)感情を重視する傾向があるけど、私は持続する意志の方が遥かに有用かつ重要だと思っておるよ。キリスト教でが「汝の隣人を愛せ」と言うときの「愛」も感情ではなく意思だし。

(via raurublock)

Via Raurublock on Tumblr

まぁ、お客さん毎に色々な事情もあるんですけどね。

乱暴にいってしまえばイノベーションを必要としない開発

と言うよりかは、イノベーションを必要としない(寧ろ拒否する)お客様が多いというのもあるんじゃないですかね。

  コンサル&SE:ほら、こうすれば、今までの(Excelで管理していた)手間がなくなって、業務が効率化できますよ。
  お客さま:え、Excel使えないの? 不便だなぁ。Excelから読み込んで、Excelに書き出してよ。
  SE:Excelで何を…?
  お客さま:データを(見るん|印刷する)だよ。
  コンサル&SE:sigh…(何のために…?)

みたいな(笑)。
「新しいやり方です」と言うと露骨にイヤな顔をされ、コンピュータ上で手作業を再現したがる。
画面/データ上でステータス確認すればいいようなものでも、印刷して帳票に残してファイルしたがる。
最早イノベーションとか言うレベルじゃなくて、変化を好まない(変化について行けない)と言うべきかな。
結局、SEとプログラマは「業務/データをコンピュータ的に効率よく捌くシステム」ではなく「現行の手作業を再現するシステム」を作るという、コンピュータの適用業務としてはかなり不本意かつ非効率な仕事を延々とやらされる羽目になるわけです。
そしてお客からは「前のほうが良かった」「面倒くさくなった」云々と怨嗟の声が聞こえてくる…(笑)。

日本人プログラマーについての記事が Hacker News で話題になった | スラッシュドット・ジャパン

それで、ここからはこの質問をしてくれた人に対してじゃなくここで引き合いに出された「何者にもなれない」とされる人たちに対して僕は語りかけたいんだけど、もしこれからカメラ(絵筆でも縫い針でもギターでもペンでもパソコンでも包丁でも何でもいい)を持ったあなたが「きっと何者にもなれない人間に限って、それを極めようとするよねぇ…」的な言葉を投げかけられた場合には、絶対にそれを言った相手のねっとりとした土俵には乗らず「だから、何?」と言って軽やかに無視して下さい。言葉には自分にとって「アクセルになる言葉」と「ブレーキになる言葉」の二種類があって、たとえ不器用でも自分の足で立って何かをやって行こうという人間に対して「ブレーキになる言葉」ばかりやたらとかけてくる人ってどこにでもいるんですよ。「きっと何者にもなれないオタクに限って、写真…カメラ極めようとするよね。」ていうセリフについて考えてみると、この言葉っておそろしく中身がないわりには聞かされたあなたにイヤな気分だけを残しますよね。うんこを投げられてるのといっしょなんです。あなたが何をやっている人かに関わらず何かをやろうとしたら絶対に「それをやって何になるの?」という人が出てくる。そこで足を引っ張られないようにして下さい。

先日、twitterでこういう言葉を拾いました。「きっと何者にもなれないオタクに限って、写真…カメラ極めようとするよね。」なんとなく同意するところなんですが、ここで質問です。自分を何者だと考えますか? - 平民金子インタビュー
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