橋下・大阪市長らの政治手法を批判する際に使われる「ポピュリズム」って何?
政策をじっくり考えたり議論したりすることがない「喝采型政治」
橋下・大阪市長
ポピュリズムは、「強烈なイメージやメッセージや指導力をもった政治的なリーダーが、選挙民に直接アピールし、民衆の支持を集める政治のスタイルや仕組み」と定義されることがあります。
「大衆迎合政治」と訳されることもありますが、村上弘・立命館大学教授の指摘によると、ポピュリズムの特徴には少なくとも二つあります。
一つは、政治的なリーダーが個人的な人気やカリスマ性を備えていて、政党組織などを経ずにマスメディアを使って直接民衆に訴えかけることです。もう一つは、あまりに単純化しすぎるスローガンを掲げて訴えることです。
小泉純一郎氏が首相在任当時、政治家を「改革派」と「守旧派」に分け、マスメディアに積極的に登場し、「守旧派」を攻撃しながら改革の断行を国民に直接訴えかけました。じっくり議論するよりも国民から拍手喝采を浴びる効果を狙っているという批判がありました。このため、小泉政治の手法は「劇場型政治」と言われ、「ポピュリズム型政治ではないか」と指摘する人がいました。
そもそも、ポピュリズム政治のかたちには2種類あると考えられています。
一つは、古い時代から存在する「ばらまき型ポピュリズム」といわれるものです。有権者の人気とりのために、合理性や必要性や妥当性を十分に吟味せず、多くの人が直接受け取れるような利益をもたらす政策を立案し、国や地方自治体の財政資金をばらまくことです。
もう一つは、これとは違い、「攻撃型ポピュリズム」といわれるものです。「既得権者」を敵に見立て、これを攻撃するストーリーをつくって人々に訴えかけて国や自治体の制度や仕組みを改革しようとするやり方です。今の時代は、かつてのように税収がどんどん増えてばらまきができるような時ではなくなっていますから、これから考えなければならないのは「攻撃型ポピュリズム」の問題だということになるでしょう。
ポピュリズム政治は、独裁体制の政治とは異なります。自由に競争する選挙を重視し、言論の自由も侵すことはありません。民主主義の枠内で起こる現象です。ただし、「民主主義とは、国民の主体的な政治参加をもとに、多様な政治勢力の競争と議論によって合意点を見つけていくものだ」と考える人々にとっては違和感があるわけです。
民主主義の中で起こる現象という点に着目すれば、政治家の手法の問題であると同時に、有権者の問題だということもできます。ポピュリズム政治の背景には、人々の鬱積(うっせき)があるとみることができるからです。
バーナード・クリックという英国の政治学者(ロンドン大名誉教授)が興味深いことをいっています。クリック教授によると、ポピュリズムとは、「政治の指導者が『多数派だと信じる集団』を決起させることを目的とする政治とレトリックのスタイル」です。そして、ポピュリズム型政治の手法をとる政治家が決起させようとする「多数派」とは、「自分たちは政治的統合体の外部に追いやられ、教養ある支配層から蔑視され、みくびられている、これまでもずっとそのように扱われてきたし、これからもずっとそのように扱われるだろうと考えている人々のことをいう」とクリック教授は述べています。
つまり、政治が一部の人たちの利害だけで動いていて、人々の多様な声が政治に届かないような事態が長く続くようなことが、ポピュリズム政治の発生と深く関係しているということです。
地方自治でいえば、地方自治体は住民に最も身近な政府であるはずなのに、情報の公開もなく政策決定にも住民が参加することができないような事態が続くと、何かの拍子にポピュリズム型政治が登場するということができます。
そうはいっても、ポピュリズム政治の問題、特に攻撃型ポピュリズムの最大の問題は、人々が一種の「思考停止状態」に陥ってしまう危険があることです。様々な政策を選択するにあたって、それを「善か悪か」で単純に区分してしまうためです。どんな政策にも長所と短所があるものなのに、それぞれの選択肢がもっている長所や短所をじっくり考えたり議論したりすることがなくなり、「喝采型政治」になってしまうということです。
「ポピュリズム型政治ではないか」と批判する声が起きた場合、政治家は物事を「善か悪か」と単純に分けるようなことをせず、自分が考える政策を冷静にていねいに説明することが必要です。
特に、自分が実現しようとする政策が引き起こすかもしれない「副作用」についても、それをどのように和らげるかという手立てまでしっかり説明し、有権者の側に多様な議論が生まれるようにすることが必要です。有権者は一時的な感情に左右されず、政治家の主張に含まれる長所と短所を見極め、冷静になって自分の考えをまとめるようにしなければならないということができます。
(編集委員・青山彰久)
(2012年3月9日 読売新聞)